最近「固定化の罠」というタイトルで、多大なデータに裏打ちされたマーケティングで一時は成功しつつも、現在不振に陥っている会社のお話をしましたが、インターネットマーケティングがあまりにも大きく取り上げられてしまったがために、製品等様々な企画の現場で忘れられている大事なことを、今日はゆるりと書きたいと思います(とはいえ、今日は親不知を抜歯し、かなり痛み止めを服用しているので頭がちとぼんやりしているので、文章にまとまりが出ないかもしれません。まあいつものことですが)。
恐らく製品企画の現場におられる方の多くは、世の中に潜在的に存在するニーズをつかむために、適切な形で、必死に世の中の断片を拾い集めてひとつの世界像を作り上げようと努力されていると思います。製品開発の現場では、お客様に満足頂ける製品を作るために、この作業は必ず必要とされているのではないかと思います。
この努力を様々な形で積み上げていったところに生み出されてきたのがインターネットを活用したリサーチやマーケティングでした。瞬時に顧客とつながり、以前では掴みきれなかった様々な情報を取得できるこの装置は、多くのリサーチャーやマーケターにとってはまさに福音でした。より世界を理解したかった多くのリサーチャーやマーケターは、とても自分が数日かけてもさばききれないようなデータを宝の山と感じて、日々世界観の構築に励んできたのではないかと思います。
しかし、こうしてシステム的に取得されたデータの多くは、そもそもシステム内に存在するロジックの元で集められたものであり、この時点で既に世界観が固定化されてしまっているわけです。短期的には顧客と近づくためにひとつの視点から掘り下げていくことには意味がありますが、長期にわたってこうした仕組みを信用し過ぎるのは、ひとつの世界観に閉じこもることを意味し、その世界の外にあるものを見る可能性を失うことにつながります。
反論を承知の上で書かせていただくと、今インターネットマーケティングやサプライチェーンから集まるデータだけを元にした製品企画は、こうした落とし穴にはまりつつあるのではないかと思っています。あくまで推測でしかありませんが、最近のモノがあまり面白くないのは、高度に合理化されたリサーチシステムによって生み出された膨大なデータと、その世界観に慣らされた人間が原因なのではないかと、自戒の意味も込めて思っています。
1年程前に、インターネットリサーチに精通されている某氏に「最近は考現学的なものをマーケティングに活用すべきだと思っている」という話をお伺いしましたが、最近デフレが進む環境の中でもモノが売れないことを見るにつけ、この言葉の意味に考えを巡らすことが多くなりました。
もちろん顧客の顔をイメージする上で、リサーチデータを理解することも大事ですが、最近では人間が本来持つ直感や閃きみたいなものも、高度なマーケティングが要求される中では重要になりつつあるのではないかということを実感しています。特に、データを眺める際には自分なりの世界観から眺められることがより重要になるのではないかと思っています。
モノ作りに関しては更にいろいろとお話したいことがあるんですが(モノを「メッセージ」としてどう広めていくのか?とか)、かなり痛み止めが効いてきたこともあり、本日はこの辺にて。
今年のはじめにいろんな方のところにご挨拶にお伺いしていたところ、秋葉原近辺の某社の方に日本リヌックス協会への参加を勧められ、以前から参加したいと思っていたこともあり、早速今年度からうちの会社も会員としてご登録頂いたので、早速今年度はじめの総会に参加させて頂き、そのまま LinuxWorldの方もぐるっと回ってきたのでした。
今年の日本Linux協会の重点施策には Linux のビジネス利用の拡大、という項目が第1に挙げられていることからも明らかですが、今回のLinuxWorldの様相は、第1回のLinuxWorldから相当様変わりして、かなり皆真剣にビジネスに臨むというスタンスに変わっていました。
開催当初は大企業も中小企業も小さいブースで沢山軒を連ねていて、非常に和気藹々としたものでしたが、今年は大手ベンダーが巨大なブースを並べて、よりケーススタディや、具体的なソリューションに関するプレゼンテーションを行うなど、かなり皆真剣にビジネス利用に取り組んでいることをアピールしていました。
個人的には、日本のインターネット草創期のような雰囲気で行われていた最初のLinuxWorldの様相も好きだったのですが、今回のLinuxWorldを見るにつけ、Linuxもインターネットの発展と同様、より社会に広く浸透し始め、より大きな価値を提供しつつあるのだということを感じざるを得ませんでした。
私が最初にインターネットに触れたのはまだ大学生の頃でしたが、Webにバナーを掲載することについて非常に批判的な論説が出たりしたものでした(ネットを作ったエンジニア達は、良かれ悪しかれ自分たちの理想の世界をネット上に現出させようと尽力していたと思います)。
今ではWebバナーはごくごく当たり前のことになり、誰もそのことに関して疑問を持つ人はいませんし、広告をはじめとしてeCommerce等、インターネット上でビジネスが行われるようになり、そこに産業が成立したことで多くの人が安価にその利益を享受できるようになりました。
Linuxにも同じことが言えるのではないかと思います。こんなことを言うといろんな人に怒られそうですが、OpenSourceのような流れが生まれたことは、ある種歴史的な必然のような気がします。商用利用に関して Linux にも一時議論がありましたが、結果的に多くの人に Linux を利用してもらえる方向に流れは向かっているのではないかと。
SCOのUNIXコードに関するライセンス問題など、直面する様々な問題があるにはありますが、公共的なソフトウェアのインフラへと成長を遂げる Linux の先行きには相変わらず要注目です。
最近、時間を見つけては IT 業界に関連する様々な方をお訪ねして歩いていますが、どこでも共通して伺う問題があります。それは何かと言うと、30~40代の人達から見た優秀なエンジニアやクリエイターの不在です。
若手が今ひとつだ!というのはステレオタイプなおやじの台詞で、世代間の違いとかやっかみなど、本来は優秀なのにきちんと評価されていない、という見方も確かにかなり大きくありますが、どうもそうではない部分もあるようです。どういったところからその「そうではない」部分を感じるかというと:
・あるアートディレクターさんによれば、母校の教授が最近よく嘆くことに、「Photoshopの使い方を学びたい」など、ツールの使い方を学びたい学生の増加があるとのこと。
・某ソフト・ハード開発系企業のCTOの方によれば、若手のプログラムが非常に教科書的になりつつあるとのこと。
昨日の記事でも触れましたが、IT産業も成熟化が進むにつれて、いろんなところで一時的に成功とされたロジックが固定化し、そこで育った人達は定められたオペレーションをきっちりとこなすことは出来るけれども、そのロジックの枠の外にあるやんちゃな(まともな言い方をすると創造的な)仕事が出来なくなる、ということが起こってきているのではないかということを、長年現場を見ている方のお話で感じました。
思えば、日本でもインターネットが一般利用できるようになった頃は、ほとんどノウハウがないところから始まっていたので、必然的に:
やりたいこと>ツール
というような感じで、可能性はいっぱい見えつつもツールはない、という状況でした。その意味では非常に貪欲に可能性に向かって行かざるを得なかったのだと思います。
しかし、今エンジニアになる人、クリエイターになる人はある意味不幸で、自分のキャリアをはじめる前に既にツールは豊富に用意され、多種多様なロジックが形成されてしまっているため、必然的に飢餓感を感じることはなく、その中に安住してしまうわけです。
とはいえ誤解のないように触れておくと、僕は別にこの文章でステレオタイプな若手の批判をしたいのではありません。僕の知らないところ・知っているところでも優秀な若い人は継続的に輩出されていると思っています。僕の関心はシンプルに、どうしたら存続する組織体を作れるか、ビジネスロジック固定化の罠にはまらない組織設計とは?というところにあります。
市場では損益がキーとなって事業の存続判断が行われるのが普通だと思いますが、実際の経営では損が出た時には既に改善の施しようがないところまで進んでしまっているケースが多いわけで、いかにそういった状況に陥る前にビジネスロジックの固定化を意識できるかがポイントになってくるのでしょう。そのためには組織体の中に柔軟に事業の入退出が可能な仕組み、固定化したロジックが全体に影響を与える前に自壊していくような、いわば生物学でいうところのアポトーシスを起こすようなメカニズムをどう作って組み込むのか、その点をしばらく考えたいと思っています。
年初よりかなり長い間 Blog での執筆をサボっていたために、当初は周囲の人からも「またサボってるじゃないですかー」と突っ込まれていたものが、近年ではとうとう何も言われなくなって、調度よく忘れられつつあるような状況になっていたのですが、久々にいい話をお聞きしたのでエントリーしてみました。
今日はあるフォーラムで、経営や事業の現場に積極的にITを取り入れており、メディアにもよく紹介されている企業の方が講演をされていました。その方の私見による自社の現在の問題点は、事業の各所に IT が取り入れられたことにより、むしろ人間力(企画力とか、直感的なもの、経験則的なものを指しています)が低下してしまっている、ということでした。
企業でITの導入が検討される多くの場合、その目的はいろんなSIerさんのTVCMのように、「生産性の向上」であることが多いわけです。この企業の今回のケースでは、ERP の導入により、売れ行き等のデータを即時に製品企画に反映させることが出来るようになり、当初は上手いこと「生産性の向上」という目的を達せられていたそうです。
しかし IT 導入後に入社してくるスタッフは、システムのロジックに縛られて成長してしまうため、逆にシステムの外にアイディアを巡らせることができない、更にいうと「やんちゃ」ができないスタッフに成長してしまい、会社として硬直化の兆しが出てきているのだとか。
背景には、ITの導入により様々なマーケティングデータを得られるようになったため、その膨大な情報を分析し、それを製品企画に反映させるために相当な労力を割いているということがあります。このため、現場を回って定性的なデータを得ることが出来ない、という状況が生まれてしまったと。
結果、マーケティングデータには精通しているけれども、製品それ自体をよく理解していなかったり、お客さんの「感覚」を掴めず、当たる製品を作れないスタッフになってしまう、ということです。
それでこの会社が今何をやっているかというと、今度は情報を「捨てる」努力をはじめたそうです。
ただ念のため書いておくと、この話の主眼はIT化の否定にあるのではなく、ITの活用がいかに難しいか、というところにあるわけです。そもそもの理想の業務体系にあわせたシステム設計の難しさだけでなく、いつそのシステムを捨てるのかといったことや、人がシステムのロジックに慣れてしまうリスクなど、様々な課題があるのだと実感した、ということが言いたかったのでした。
この話から僕が思い出したことには、往年のエンジニアやクリエイターが語る若手不足の話や、某氏が1年ほど前に触れられていた、マーケティング業界的には考現学が面白いといった話など様々ありますが、この辺はまたの機会に。
特に今回感じたのはIT活用の難しさと、IT化時代の組織設計や経営の難しさでした。「市場は生き物」とよく言いますが、これに長期的に対応できる系を作るのは実際骨の折れる仕事なんだと。