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	<title>Log the Endless World &#187; その他</title>
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	<description>memo of findings in my life.</description>
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		<title>2010年もありがとうございました</title>
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		<pubDate>Thu, 30 Dec 2010 16:17:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
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		<category><![CDATA[最近どうよ？]]></category>
		<category><![CDATA[経営]]></category>

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		<description><![CDATA[自宅のサーバ環境をインターネット側に全部移管するのが年末までに間に合わず、なんだか中途半端な形での年末のご挨拶になってしまったのがちょっと残念ですが、今年も無事年末を迎えることが出来、ゆったりと休暇を過ごしています。皆さんいかがお過ごしでしょうか？ 今年はクラウド環境に適応した形での企業向けアプリの提供、という新しいサービス（rakumoシリーズ）を自社として始めたこともあり、様々な新しいお客様に弊社のサービスをご利用頂きましたことで、昨年に比して様々なお客様に支えて頂きました1年でした。 また、新しいサービスを作る社内スタッフも、1日でも早く、良いものをお客様にご利用頂けるように、必死に頑張ってくれたお蔭で、よりお客様にもサービスをご評価頂いた1年でもありました。 また既存のサービスにおいても、お客様の新しいサービスのローンチに向けて、弊社を信頼頂きお仕事をお任せ頂いたり、その信頼に応えるためにも、昼夜を問わずプロ意識を持ってサービス開発に取り組んだスタッフの助力もあって、何とか厳しい経済状況の中、自社の新しいサービスを始めつつ、1年乗り切ってこれたと思っています。 この場をお借りしまして、本年も弊社のお客様、またスタッフに心から感謝を申し上げたいと思っています。 経営者としてはリーマンショック以降のこの3年、非常に厳しく、また自分の経験に比してその未熟さを実感させられた時間でした。特に、私の投資ミスが弊社のスタッフを始め、多くの人の努力に影響を与えることを痛感していました。まず自分の経営に対する考え方を変えなければ、と思った3年でもありました。 しかしながら、今年1年はそうした未熟さを乗り越えて、より本格的に経営というものを俯瞰的に考えられるようになった1年だったのではないかと思います。 特に、新しい弊社の事業と今までの実績にご信頼を頂き、新規に投資にご協力を頂きました方々に会社のステークホルダーとして加わって頂いたことは、これまでとは大きな方針転換になるものと思っています。ベンチャーとしてのスピードとリスクテイクは衰えさせず、一方で新規株主の方々のアドバイスに基づいた客観的な投資に関する視点も得ることで、より成功率の高い事業投資を進めていきたいと考えています。 新しい経営メンバーが加わることも来年の新しい試みの1つです。じっくりと新規事業にも取り組み、優秀な競争相手に負けない推進力をサービス開発において得ること、また営業面においても強化を行うことで、新しい事業分野で幅広い支持を早期に得ていきたいと思っています。 そうした大きな変化を迎えている弊社ですが、最近、「法人向けサービスに特化してやっていくんですか？意外です」という声をよくお聞きします。 今回のような新しいサービスが必然に見えないのは、私の会社の経営方針に関する説明不足に起因するもので、反省すべきポイントだと思っています。でも、私にとっては全然意外なことではありません。 弊社のレゾンデートルは、あくまで「コミュニケーションデザインで生活を豊かにすること」にあり、皆さんの生活のシーンは自宅のみならず学校や会社と様々なところに存在します。私たちの今回の新しいサービスは、あくまでその1シーンに対して新しい切り口を提供したに過ぎません。 今や米国ではGoogle, Facebook, Twitterなど様々な企業が登場していますが、そうした企業はわざわざターゲットをコンシューマーだの、法人だのと区切ることに大きな意味を見出していないように思えます。私もインターネットの業界に身を置いて学生の頃からいけば18年、社会人になってからは16年になりますが、便利なインフラ、サービスは、常に最後は1つの体験に収斂していくものではないかと考えています。 私自身も社会人としての最初のキャリアは法人向けの仕事から始まっており、米国W3CのXML仕様化メンバーに交じってビジネスランゲージを作り、それを活用したアプリケーション環境を実現する、ということをやっておりましたが、今度の新しいサービスは、法人向けのインターネットサービスから、コンシューマー向けのネットメディア、サービスを長く見てきた私自身のキャリアの集大成でもあります。 来年新しく加わるメンバーも含めて、弊社のスタッフと共に是非このビジネスを成功させて、さらに弊社なりのコミュニケーションデザインで皆さんの生活が豊かになるサービスを他にも、さらに海外に向けても作っていく所存です。より弊社のサービスをご理解頂き、またご活用頂けるお客様の輪を広げていくことが出来ますよう、来年もまた皆さんのご協力をお願い致します。 日本にも最近急速に閉塞感が広がっており、数年前にNTTドコモモバイル社会研究所様の主催で参加させて頂きました2030年のモバイル社会ビジョン作りに向けたディスカッションの中で話されたような事態がまさに起こってきていますが、そうした中でも弊社のスタッフが自信を持って将来の展望に期待を持てるような事業を改めて作っていきたいと思っています。 明るく楽しく、常に挑戦しながら、もう何度もいろんな方に引用されて耳慣れたものになっていますが、アラン・ケイの「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という言葉を噛みしめつつ、新しい地平を切り拓いていく所存です。 年末もだいぶ遅いご挨拶になってしまい、今年も残り少なくなってきましたが、皆さん良いお年をお過ごし下さい。また来年皆さんとお会いできるのを楽しみにしております！]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>自宅のサーバ環境をインターネット側に全部移管するのが年末までに間に合わず、なんだか中途半端な形での年末のご挨拶になってしまったのがちょっと残念ですが、今年も無事年末を迎えることが出来、ゆったりと休暇を過ごしています。皆さんいかがお過ごしでしょうか？</p>
<p>今年はクラウド環境に適応した形での企業向けアプリの提供、という新しいサービス（<a href="http://rakumo.gigei.jp/">rakumoシリーズ</a>）を自社として始めたこともあり、様々な新しいお客様に弊社のサービスをご利用頂きましたことで、昨年に比して様々なお客様に支えて頂きました1年でした。</p>
<p><span id="more-407"></span></p>
<p>また、新しいサービスを作る社内スタッフも、1日でも早く、良いものをお客様にご利用頂けるように、必死に頑張ってくれたお蔭で、よりお客様にもサービスをご評価頂いた1年でもありました。</p>
<p>また既存のサービスにおいても、お客様の新しいサービスのローンチに向けて、弊社を信頼頂きお仕事をお任せ頂いたり、その信頼に応えるためにも、昼夜を問わずプロ意識を持ってサービス開発に取り組んだスタッフの助力もあって、何とか厳しい経済状況の中、自社の新しいサービスを始めつつ、1年乗り切ってこれたと思っています。</p>
<p>この場をお借りしまして、本年も弊社のお客様、またスタッフに心から感謝を申し上げたいと思っています。</p>
<p>経営者としてはリーマンショック以降のこの3年、非常に厳しく、また自分の経験に比してその未熟さを実感させられた時間でした。特に、私の投資ミスが弊社のスタッフを始め、多くの人の努力に影響を与えることを痛感していました。まず自分の経営に対する考え方を変えなければ、と思った3年でもありました。</p>
<p>しかしながら、今年1年はそうした未熟さを乗り越えて、より本格的に経営というものを俯瞰的に考えられるようになった1年だったのではないかと思います。</p>
<p>特に、新しい弊社の事業と今までの実績にご信頼を頂き、新規に投資にご協力を頂きました方々に会社のステークホルダーとして加わって頂いたことは、これまでとは大きな方針転換になるものと思っています。ベンチャーとしてのスピードとリスクテイクは衰えさせず、一方で新規株主の方々のアドバイスに基づいた客観的な投資に関する視点も得ることで、より成功率の高い事業投資を進めていきたいと考えています。</p>
<p>新しい経営メンバーが加わることも来年の新しい試みの1つです。じっくりと新規事業にも取り組み、優秀な競争相手に負けない推進力をサービス開発において得ること、また営業面においても強化を行うことで、新しい事業分野で幅広い支持を早期に得ていきたいと思っています。</p>
<p>そうした大きな変化を迎えている弊社ですが、最近、「法人向けサービスに特化してやっていくんですか？意外です」という声をよくお聞きします。</p>
<p>今回のような新しいサービスが必然に見えないのは、私の会社の経営方針に関する説明不足に起因するもので、反省すべきポイントだと思っています。でも、私にとっては全然意外なことではありません。</p>
<p>弊社のレゾンデートルは、あくまで「コミュニケーションデザインで生活を豊かにすること」にあり、皆さんの生活のシーンは自宅のみならず学校や会社と様々なところに存在します。私たちの今回の新しいサービスは、あくまでその1シーンに対して新しい切り口を提供したに過ぎません。</p>
<p>今や米国ではGoogle, Facebook, Twitterなど様々な企業が登場していますが、そうした企業はわざわざターゲットをコンシューマーだの、法人だのと区切ることに大きな意味を見出していないように思えます。私もインターネットの業界に身を置いて学生の頃からいけば18年、社会人になってからは16年になりますが、便利なインフラ、サービスは、常に最後は1つの体験に収斂していくものではないかと考えています。</p>
<p>私自身も社会人としての最初のキャリアは法人向けの仕事から始まっており、米国W3CのXML仕様化メンバーに交じってビジネスランゲージを作り、それを活用したアプリケーション環境を実現する、ということをやっておりましたが、今度の新しいサービスは、法人向けのインターネットサービスから、コンシューマー向けのネットメディア、サービスを長く見てきた私自身のキャリアの集大成でもあります。</p>
<p>来年新しく加わるメンバーも含めて、弊社のスタッフと共に是非このビジネスを成功させて、さらに弊社なりのコミュニケーションデザインで皆さんの生活が豊かになるサービスを他にも、さらに海外に向けても作っていく所存です。より弊社のサービスをご理解頂き、またご活用頂けるお客様の輪を広げていくことが出来ますよう、来年もまた皆さんのご協力をお願い致します。</p>
<p>日本にも最近急速に閉塞感が広がっており、数年前にNTTドコモモバイル社会研究所様の主催で参加させて頂きました<a href="http://www.moba-ken.jp/wp-content/pdf/2030vision_top.pdf">2030年のモバイル社会ビジョン</a>作りに向けたディスカッションの中で話されたような事態がまさに起こってきていますが、そうした中でも弊社のスタッフが自信を持って将来の展望に期待を持てるような事業を改めて作っていきたいと思っています。</p>
<p>明るく楽しく、常に挑戦しながら、もう何度もいろんな方に引用されて耳慣れたものになっていますが、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4">アラン・ケイ</a>の「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という言葉を噛みしめつつ、新しい地平を切り拓いていく所存です。</p>
<p>年末もだいぶ遅いご挨拶になってしまい、今年も残り少なくなってきましたが、皆さん良いお年をお過ごし下さい。また来年皆さんとお会いできるのを楽しみにしております！</p>
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		<title>ガリレオ赤木順彦氏急逝を聞いて</title>
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		<pubDate>Fri, 31 Oct 2008 13:25:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
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		<category><![CDATA[その他]]></category>

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		<description><![CDATA[昨日もいつもと同じようにブログの巡回をしていたら、maskinさんのブログのタイトルで表題のことを知り、非常に驚いていました。赤木さんの長いインターネット業界歴から見れば、私は非常に付き合いの浅い方ではあると思うのですが、CNETの日本法人立ち上げからしばしばお付き合いのあった身として、心からお悔やみを申し上げたく、また少しでも赤木さんのことをブログで触れさせて頂くことでその業績を片鱗だけでも書き留めておければと思っています。 赤木さんは、様々なテクノロジー系ネットメディアの翻訳を支えられていらっしゃった会社の代表として、またインターネットの可能性をワーキングスタイルにまで追求されていた方として、その功績は非常に大きいものでした。 あまり読者の方はご存じないケースが多いのではないかと思いますが、Hotwired（今はWiredVision）やIntenet.com、そして私が引き継がせて頂く前まではCNETも翻訳をお願いされていたと聞いています。maskinさんのブログにもありますが、長野の上田駅のそば、長野の山々が綺麗に見える空気のきれいなところにオフィスを構えて、当時は上田と東京の間を行ったり来たりされながら仕事をされていました。 そもそもの赤木さんとのお付き合いのはじめはCNET Japanの翻訳業務の引き継ぎでご相談、というところからでした。結局会社内部で当時の編集長だった山岸さんといろいろと話した結果、内部的に体制を構築することになって、ガリレオさんには新CNETでのお仕事をお断りすることになったのですが、それでもガリレオさんの、フリーランスの翻訳者の方々にインターネットを活用して翻訳を依頼、納品管理していく仕組みは非常によく出来ていたことを覚えています。 学生時代に私は地方の高度情報化プロジェクトに関わらせて頂いていたことがありました。プロジェクトでは、地元に仕事が無いために、地元を離れて東京や大阪に出ざるを得ない学生の話をいろいろと聞いて、ネットを使って仕事が普通に出来る仕組みができれば、という課題を解決するための具体策をいろいろと考えていたのですが、ガリレオさんは実際にそうした仕組みを早くから作られていたので、いろいろと学ばせて頂きたくて、上田の方にもお邪魔させて頂いていました。 CNET退職時に一度ご挨拶にお伺いした後、次に赤木さんにお会いしたのはガリレオさんが東京にまたオフィスを開設される時でした。私も今の会社を新たに立ち上げてまだ間もない頃でしたが、当時はhotwiredの次のプランのためにいろいろと汗をかいていらっしゃいました。当時お会いした際に少し体を悪くされていたことをちらっとお伺いしていましたが、それを感じさせない程に精力的に動かれていたのを覚えています。 その後はお会いする機会もなく、HotwiredもWiredVisionとして立ち上がり、赤木さんの活動も実りがあったんだなあと勝手に思っていたのですが、そこに今回のお話を知った、という次第です。 日本のWeb業界も思えば10年を超えて、当時の想像を超えた成長を遂げているところですが、10年前に話していたようなビジョンに理解が得られるようになったのはこのWeb2.0ブームが巻き起こった最近の話で、まだまだ当時話されていたインターネットの理想で実現されておらず、一方で普及による別の問題が立ちあがってきて、これから解決していかないといけない現実的な課題がたくさん出てきているところではないかと思っています。 そういった中で、業界で古くから理想を掲げつつ、実績を積み上げて来られた方がこの時期に亡くなられるのは非常に残念としか言いようがありません。まだこの業界でやっていくものとしては、赤木さんの業績を思い起こしながら故人を偲びつつ、その努力をさらに先へとつないでいけるように頑張っていきたいと思っています。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昨日もいつもと同じようにブログの巡回をしていたら、<a href="http://www.metamix.com/1907.php#more-1907">maskinさんのブログのタイトルで表題のことを知り</a>、非常に驚いていました。<a href="http://www.galileo.co.jp/mt/shinsen/">赤木さん</a>の長いインターネット業界歴から見れば、私は非常に付き合いの浅い方ではあると思うのですが、CNETの日本法人立ち上げからしばしばお付き合いのあった身として、心からお悔やみを申し上げたく、また少しでも赤木さんのことをブログで触れさせて頂くことでその業績を片鱗だけでも書き留めておければと思っています。<br />
<span id="more-319"></span><br />
赤木さんは、様々なテクノロジー系ネットメディアの翻訳を支えられていらっしゃった会社の代表として、またインターネットの可能性をワーキングスタイルにまで追求されていた方として、その功績は非常に大きいものでした。</p>
<p>あまり読者の方はご存じないケースが多いのではないかと思いますが、Hotwired（今は<a href="http://wiredvision.jp/">WiredVision</a>）や<a href="http://japan.internet.com/">Intenet.com</a>、そして私が引き継がせて頂く前まではCNETも翻訳をお願いされていたと聞いています。maskinさんのブログにもありますが、長野の上田駅のそば、長野の山々が綺麗に見える空気のきれいなところにオフィスを構えて、当時は上田と東京の間を行ったり来たりされながら仕事をされていました。</p>
<p>そもそもの赤木さんとのお付き合いのはじめはCNET Japanの翻訳業務の引き継ぎでご相談、というところからでした。結局会社内部で当時の編集長だった山岸さんといろいろと話した結果、内部的に体制を構築することになって、ガリレオさんには新CNETでのお仕事をお断りすることになったのですが、それでもガリレオさんの、フリーランスの翻訳者の方々にインターネットを活用して翻訳を依頼、納品管理していく仕組みは非常によく出来ていたことを覚えています。</p>
<p>学生時代に私は地方の高度情報化プロジェクトに関わらせて頂いていたことがありました。プロジェクトでは、地元に仕事が無いために、地元を離れて東京や大阪に出ざるを得ない学生の話をいろいろと聞いて、ネットを使って仕事が普通に出来る仕組みができれば、という課題を解決するための具体策をいろいろと考えていたのですが、ガリレオさんは実際にそうした仕組みを早くから作られていたので、いろいろと学ばせて頂きたくて、<a href="http://www.huis.gr.jp/archives/139">上田の方にもお邪魔させて頂いていました</a>。</p>
<p>CNET退職時に一度ご挨拶にお伺いした後、次に赤木さんにお会いしたのはガリレオさんが東京にまたオフィスを開設される時でした。私も今の会社を新たに立ち上げてまだ間もない頃でしたが、当時はhotwiredの次のプランのためにいろいろと汗をかいていらっしゃいました。当時お会いした際に少し体を悪くされていたことをちらっとお伺いしていましたが、それを感じさせない程に精力的に動かれていたのを覚えています。</p>
<p>その後はお会いする機会もなく、HotwiredもWiredVisionとして立ち上がり、赤木さんの活動も実りがあったんだなあと勝手に思っていたのですが、そこに今回のお話を知った、という次第です。</p>
<p>日本のWeb業界も思えば10年を超えて、当時の想像を超えた成長を遂げているところですが、10年前に話していたようなビジョンに理解が得られるようになったのはこのWeb2.0ブームが巻き起こった最近の話で、まだまだ当時話されていたインターネットの理想で実現されておらず、一方で普及による別の問題が立ちあがってきて、これから解決していかないといけない現実的な課題がたくさん出てきているところではないかと思っています。</p>
<p>そういった中で、業界で古くから理想を掲げつつ、実績を積み上げて来られた方がこの時期に亡くなられるのは非常に残念としか言いようがありません。まだこの業界でやっていくものとしては、赤木さんの業績を思い起こしながら故人を偲びつつ、その努力をさらに先へとつないでいけるように頑張っていきたいと思っています。</p>
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		<title>友人の逝去</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Oct 2006 16:06:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
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		<description><![CDATA[　本当に直前まで一緒に仕事をしていた友人が、先週急逝しました。最初の報せを先週の中ごろに聞いた時には「いったいこの人は電話で何冗談を言っているのだろう？」という感じで、全然信じられなかった上に現実感が無くて、その後に話していることも本当にスーッと右耳から左耳に抜けていく感じでした。 　最後に仕事を一緒にやっていた者として、何よりも長年の友人として、せめて葬送の儀ぐらいしっかりと手伝わせてもらおう、ということで、お客さんにも頼んで時間を貰って、悔いを残さないようにいろいろとやらせて頂いていました（ご理解を頂いた皆様、誠にありがとうございました）。 　先週の金曜日に御通夜、土曜日に告別式を済ませるまではいろいろとばたばたとしていて、親しい人が亡くなったという現実感の無いままに追われるように作業をしていましたが、告別式が終わって、ひと段落ついて、自分の中でもゆっくり考える余裕が出来てきたところで、少し葬儀のことと想い出を書ければ、と思った次第です。 　葬儀は亡くなったその友人が長年DJをやっていたこともあり、形式にとらわれず、彼が好きだったテクノをかけつつ、献花の替わりに彼が主催していたこれまでのイベントのフライヤーをお供えしていく、というものでした。葬送の曲はその友人が生前とても好きだったもので、おそらく当時イベントに参加していた参列者の方のすすり泣く声がそこかしこで聞かれました。 　亡くなった友人は、テクノがとても好きで、当時から自分のイベントをオーガナイズしていました。僕が初めてその友人を知ったのは、おそらくニフティのテクノ板だったと思います。94～5年ぐらいのことだったんではないでしょうか。 　当時私は大学生で、今もREBOOTというイベントを主催されているQ&#8217;HEYさんとあるFirstClassのBBSで知り合って、ムリを言ってQ&#8217;HEYさんがオーガナイズしているMoonAgeというイベントでVJもどきなことをやらせて頂いていたんですが、それがきっかけで、その友人のイベントでもレジデントに近い形で、今もweb関係で仕事を一緒にやらせてもらっている別の友人とVJをやらせてもらっていました。 　そのイベント自体は当時としては非常に斬新で、95年当時で臨時のISDN回線を敷設し、そこからさまざまな人の協力を得て、イベントの状況をRealを使って映像配信していました。個人的にも、テクノという音楽自体が非常にトライバルな音楽性を持っていると思っていたのですが、インターネットの持つコミュニティ性のようなものと非常にそれがマッチして（知っている人は知っていると思いますが、当時そうしたサイバーカルチャー（ってもう死語かな）を代表するサイトとして、Hyperrealってサイトが有名でしたが、そこでもハウスとかテクノが取り上げられていたような気がします）、イベントとしての広がりを作っていました。その音楽の性質を深く理解していて、かつインターネットの本質をわかっていた彼でなければ出来ないイベントだったと思います。 　DJ陣に始まり、ネットワークチーム、VJチームと結構大きなチームで動いていたんですが（そういうチームを、とにかくまだネットのことをわかっている人が少なかった時期に纏め上げていたという意味でもすごかったわけですが）、各チームとも常に面白いことをやろう、新しいことをやろうというモチベーションを強く持っていたこともあり、さらにそれをオーガナイザーの目指すイベント像でまとめあげる手腕によって、そのイベントは非常に面白いものに仕上がっていましたし、それだけに面白い人が当時イベントにいっぱい来てくれていたと思います。私もそこでいろんな人と知り会う機会がありましたし、そのつながりは公私に今も生きています。 　僕は大学を卒業して就職して以来、会社の仕事がとにかく忙しくなっていって、しかもそっちも面白くなってきていて個人的にイベントに割けるエネルギーが無くなりつつあって、徐々にクラブシーンそのものから離れていってしまっていたんですが、その後もイベントの方は精力的に続けられていました。 　その後も彼はDJ、イベント業の一方で、Webのディレクションを生業としていたこともあり、私も仕事でも接点があったりと、長く付き合ってきた最中の急逝でした。 　社会人になって10年以上が経ちます。10年前は自分にとっても想い出深い時期で、パソ通からインターネットへ移って、非常に夢と期待に満ちた時代だったし、実際にそうしたビジョンを持っていろんな話を学生ながら進めていたいい時代だったんですが、そうした一時代を一緒に過ごした友人が、しかもまだ若くてこれからなのにも関わらず急逝してしまったことが、今は本当に残念で寂しい限りです。 　斎場で最後のお見送りをして、改めてそういう大事な友人が居なくなってしまったことの喪失感を実感しましたが、そういう友人と、いい時代を送ったことは忘れらないし、自分の中でも大事にしておきたいと思っています。何を書くべきか最後まで書いても整理がついていないけど、何か書いておかないと勝手なようだけど自分が先に進めない気がして、散文かつ長文になってしまいましたが、改めてここに残させて頂きました。あらためて、本当にこれまでありがとう。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　本当に直前まで一緒に仕事をしていた友人が、先週急逝しました。最初の報せを先週の中ごろに聞いた時には「いったいこの人は電話で何冗談を言っているのだろう？」という感じで、全然信じられなかった上に現実感が無くて、その後に話していることも本当にスーッと右耳から左耳に抜けていく感じでした。</p>
<p>　最後に仕事を一緒にやっていた者として、何よりも長年の友人として、せめて葬送の儀ぐらいしっかりと手伝わせてもらおう、ということで、お客さんにも頼んで時間を貰って、悔いを残さないようにいろいろとやらせて頂いていました（ご理解を頂いた皆様、誠にありがとうございました）。</p>
<p>　先週の金曜日に御通夜、土曜日に告別式を済ませるまではいろいろとばたばたとしていて、親しい人が亡くなったという現実感の無いままに追われるように作業をしていましたが、告別式が終わって、ひと段落ついて、自分の中でもゆっくり考える余裕が出来てきたところで、少し葬儀のことと想い出を書ければ、と思った次第です。<br />
<span id="more-252"></span><br />
　葬儀は亡くなったその友人が長年DJをやっていたこともあり、形式にとらわれず、彼が好きだったテクノをかけつつ、献花の替わりに彼が主催していたこれまでのイベントのフライヤーをお供えしていく、というものでした。葬送の曲はその友人が生前とても好きだったもので、おそらく当時イベントに参加していた参列者の方のすすり泣く声がそこかしこで聞かれました。</p>
<p>　亡くなった友人は、テクノがとても好きで、当時から自分のイベントをオーガナイズしていました。僕が初めてその友人を知ったのは、おそらくニフティのテクノ板だったと思います。94～5年ぐらいのことだったんではないでしょうか。</p>
<p>　当時私は大学生で、今もREBOOTというイベントを主催されているQ&#8217;HEYさんとあるFirstClassのBBSで知り合って、ムリを言ってQ&#8217;HEYさんがオーガナイズしているMoonAgeというイベントでVJもどきなことをやらせて頂いていたんですが、それがきっかけで、その友人のイベントでもレジデントに近い形で、今もweb関係で仕事を一緒にやらせてもらっている別の友人とVJをやらせてもらっていました。</p>
<p>　そのイベント自体は当時としては非常に斬新で、95年当時で臨時のISDN回線を敷設し、そこからさまざまな人の協力を得て、イベントの状況をRealを使って映像配信していました。個人的にも、テクノという音楽自体が非常にトライバルな音楽性を持っていると思っていたのですが、インターネットの持つコミュニティ性のようなものと非常にそれがマッチして（知っている人は知っていると思いますが、当時そうしたサイバーカルチャー（ってもう死語かな）を代表するサイトとして、Hyperrealってサイトが有名でしたが、そこでもハウスとかテクノが取り上げられていたような気がします）、イベントとしての広がりを作っていました。その音楽の性質を深く理解していて、かつインターネットの本質をわかっていた彼でなければ出来ないイベントだったと思います。</p>
<p>　DJ陣に始まり、ネットワークチーム、VJチームと結構大きなチームで動いていたんですが（そういうチームを、とにかくまだネットのことをわかっている人が少なかった時期に纏め上げていたという意味でもすごかったわけですが）、各チームとも常に面白いことをやろう、新しいことをやろうというモチベーションを強く持っていたこともあり、さらにそれをオーガナイザーの目指すイベント像でまとめあげる手腕によって、そのイベントは非常に面白いものに仕上がっていましたし、それだけに面白い人が当時イベントにいっぱい来てくれていたと思います。私もそこでいろんな人と知り会う機会がありましたし、そのつながりは公私に今も生きています。</p>
<p>　僕は大学を卒業して就職して以来、会社の仕事がとにかく忙しくなっていって、しかもそっちも面白くなってきていて個人的にイベントに割けるエネルギーが無くなりつつあって、徐々にクラブシーンそのものから離れていってしまっていたんですが、その後もイベントの方は精力的に続けられていました。</p>
<p>　その後も彼はDJ、イベント業の一方で、Webのディレクションを生業としていたこともあり、私も仕事でも接点があったりと、長く付き合ってきた最中の急逝でした。</p>
<p>　社会人になって10年以上が経ちます。10年前は自分にとっても想い出深い時期で、パソ通からインターネットへ移って、非常に夢と期待に満ちた時代だったし、実際にそうしたビジョンを持っていろんな話を学生ながら進めていたいい時代だったんですが、そうした一時代を一緒に過ごした友人が、しかもまだ若くてこれからなのにも関わらず急逝してしまったことが、今は本当に残念で寂しい限りです。</p>
<p>　斎場で最後のお見送りをして、改めてそういう大事な友人が居なくなってしまったことの喪失感を実感しましたが、そういう友人と、いい時代を送ったことは忘れらないし、自分の中でも大事にしておきたいと思っています。何を書くべきか最後まで書いても整理がついていないけど、何か書いておかないと勝手なようだけど自分が先に進めない気がして、散文かつ長文になってしまいましたが、改めてここに残させて頂きました。あらためて、本当にこれまでありがとう。</p>
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		<title>東京経済大学にて撃沈&#8230;</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Jul 2006 17:50:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.huis.gr.jp/?p=242</guid>
		<description><![CDATA[　既に佐々木先生にはエントリーして頂いていますが、先日東京経済大学の佐々木先生の授業にて講義をさせて頂きました（こんな風に書いて頂いて、ありがとうございます！もうこっちは赤面してばかりでしたが&#8230;）。テーマに関して事前にそんなに相談を重ねさせて頂いていたわけではなかったのですが、実は私は社会人向けの講演の経験ばかりで、自分と10歳以上も離れた学生さん向けに何かを語ることはなかったので、ちょっと不安ではあったのでした。 　東京経済大学はなんとなく縁のある大学なのですが、それはともかく、事前に佐々木さんからご連絡頂いていたように２限目の講義に合わせて10時ちょっと過ぎにお邪魔すると、キャンパスには学生さんがいっぱいで、思わず自分の大学生の頃をほのぼのと思い出したりしていました。 　ご案内頂いて2限目前の教室に向かうと、実は1限目がGREEの方（荒木さん）の講演だったこともあり、学生さんが早速GREEのIDを求めて荒木さんの周りにうじゃうじゃと集まっていたのでした。さすが学生に人気のサービス！とか思いつつ、1限目からこの状況ではかなり厳しいな..などと思いつつ、ここ10年のインターネット史と自分史について喋ってみました。 　結果はつかみどころの無い、というのが一番適切な表現だったのではないかと思います。事前の佐々木先生の厳しいお達し（？）の成果もあって、100人近い教室で眠っていたのはどうやら1人で済みましたが、積極的な反応を感じたのは約1～1.5割で、手応えは今ひとつ、というところでした（どうやら前の授業を見なかったのは正解だったかもで、見ていたら自分の講義振りにより自信を無くしていたに違いないと）。 　最後に「ネット的な生き方」について少し説明してみましたが、この辺は佐々木さんのブログに詳しいので、そちらをお読み頂ければと。いずれにせよ、講義の後に食事をご一緒させて頂きながら、佐々木さんから「なかなか学生に話すのは難しい」と慰められてちょっとだけ心を癒したのでありました。あと、学生さんが「大きい会社に入りたい」だけではなく、「小さくて成長性のある会社に入りたい」というニーズも前者と同数ぐらいあったところは、個人的には励まされるところでした（この辺は佐々木さんのブログに詳しい）。 　個人的に面白かったのは、講義直前のアンケートでした。学生のメディア行動についてはここ数年私は非常に興味を持って見ていることもあり、講義の前にいくつか質問をさせてもらったんですが、そもそも講義が「情報産業論」だったこともあるせいか、比較的にいろんな意味で私の予想を裏切ってくれました。 　インターネットと携帯の利用率が高いのはともかくとして、テレビを毎日見ている人が少ないこと（半分はいなかったような気がする）、自分でブログを書いている人が結構いたり（3～4割？）、思ったよりシリコンオーディオプレイヤーの利用率が高くなかったり（2～3割？）、音楽はCD派の人が多かったり（ダウンロードでの購買経験者は15%ぐらい？）、YouTubeをほぼ全ての人が知っていたり（これはちょうど前の授業で佐々木さんが取り上げられたからですが（笑））と、意外なところで自分の想像とずれているところがありました。 　今回講演をさせて頂いた学生さんが、5～10年のうちにはトレンドを引っ張る層になる可能性は高いわけで、そう考えると自分の想像ほど世の中変わるのかもしれないし、変わらないのかもしれないと、より疑問を深めた今回の講演でした。 　ともあれ、でも今回のことにめげず、学生さん向けの講演は今後も積極的に受けていきたいと思っています。そういうお話がありましたら、是非お気軽にお声がけ下さい。学生の生活感を肌で感じたいというのも1つですが、今のうちから優秀な学生と会える機会を無駄にしたくないと思っていることもあるので。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　既に佐々木先生には<a href="http://d.hatena.ne.jp/yuichisasaki/20060709/1152448190">エントリー</a>して頂いていますが、先日東京経済大学の佐々木先生の授業にて講義をさせて頂きました（こんな風に書いて頂いて、ありがとうございます！もうこっちは赤面してばかりでしたが&#8230;）。テーマに関して事前にそんなに相談を重ねさせて頂いていたわけではなかったのですが、実は私は社会人向けの講演の経験ばかりで、自分と10歳以上も離れた学生さん向けに何かを語ることはなかったので、ちょっと不安ではあったのでした。<br />
<span id="more-242"></span><br />
　東京経済大学はなんとなく縁のある大学なのですが、それはともかく、事前に佐々木さんからご連絡頂いていたように２限目の講義に合わせて10時ちょっと過ぎにお邪魔すると、キャンパスには学生さんがいっぱいで、思わず自分の大学生の頃をほのぼのと思い出したりしていました。</p>
<p>　ご案内頂いて2限目前の教室に向かうと、実は1限目が<a href="http://www.gree.jp/">GREE</a>の方（荒木さん）の講演だったこともあり、学生さんが早速GREEのIDを求めて荒木さんの周りにうじゃうじゃと集まっていたのでした。さすが学生に人気のサービス！とか思いつつ、1限目からこの状況ではかなり厳しいな..などと思いつつ、ここ10年のインターネット史と自分史について喋ってみました。</p>
<p>　結果はつかみどころの無い、というのが一番適切な表現だったのではないかと思います。事前の佐々木先生の厳しいお達し（？）の成果もあって、100人近い教室で眠っていたのはどうやら1人で済みましたが、積極的な反応を感じたのは約1～1.5割で、手応えは今ひとつ、というところでした（どうやら前の授業を見なかったのは正解だったかもで、見ていたら自分の講義振りにより自信を無くしていたに違いないと）。</p>
<p>　最後に「ネット的な生き方」について少し説明してみましたが、この辺は<a href="http://d.hatena.ne.jp/yuichisasaki/20060709/1152448190">佐々木さんのブログ</a>に詳しいので、そちらをお読み頂ければと。いずれにせよ、講義の後に食事をご一緒させて頂きながら、佐々木さんから「なかなか学生に話すのは難しい」と慰められてちょっとだけ心を癒したのでありました。あと、学生さんが「大きい会社に入りたい」だけではなく、「小さくて成長性のある会社に入りたい」というニーズも前者と同数ぐらいあったところは、個人的には励まされるところでした（この辺は佐々木さんのブログに詳しい）。</p>
<p>　個人的に面白かったのは、講義直前のアンケートでした。学生のメディア行動についてはここ数年私は非常に興味を持って見ていることもあり、講義の前にいくつか質問をさせてもらったんですが、そもそも講義が「情報産業論」だったこともあるせいか、比較的にいろんな意味で私の予想を裏切ってくれました。</p>
<p>　インターネットと携帯の利用率が高いのはともかくとして、テレビを毎日見ている人が少ないこと（半分はいなかったような気がする）、自分でブログを書いている人が結構いたり（3～4割？）、思ったよりシリコンオーディオプレイヤーの利用率が高くなかったり（2～3割？）、音楽はCD派の人が多かったり（ダウンロードでの購買経験者は15%ぐらい？）、YouTubeをほぼ全ての人が知っていたり（これはちょうど前の授業で佐々木さんが取り上げられたからですが（笑））と、意外なところで自分の想像とずれているところがありました。</p>
<p>　今回講演をさせて頂いた学生さんが、5～10年のうちにはトレンドを引っ張る層になる可能性は高いわけで、そう考えると自分の想像ほど世の中変わるのかもしれないし、変わらないのかもしれないと、より疑問を深めた今回の講演でした。</p>
<p>　ともあれ、でも今回のことにめげず、学生さん向けの講演は今後も積極的に受けていきたいと思っています。そういうお話がありましたら、是非お気軽にお声がけ下さい。学生の生活感を肌で感じたいというのも1つですが、今のうちから優秀な学生と会える機会を無駄にしたくないと思っていることもあるので。</p>
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		<title>Adsenseを入れてみました</title>
		<link>http://www.huis.gr.jp/archives/193</link>
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		<pubDate>Sat, 15 Oct 2005 08:47:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.huis.gr.jp/?p=193</guid>
		<description><![CDATA[　相当遅まきではありますが、思うところがあってAdsenseを入れてみました。今までのシンプルな（というよりほとんど手をかけていない）デザインから少し読みにくくなるかもしれませんが、ご理解のほどをよろしくお願いします。 　左サイドバーに、以前写真の下に in netherland と入れていたんですが、これに反応したのかしないのか、オランダのアパート情報がいっぱい出てきてしまったり（笑）となかなか愉快なんですが、しばらく動静を見守ってみたいと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　相当遅まきではありますが、思うところがあってAdsenseを入れてみました。今までのシンプルな（というよりほとんど手をかけていない）デザインから少し読みにくくなるかもしれませんが、ご理解のほどをよろしくお願いします。</p>
<p>　左サイドバーに、以前写真の下に in netherland と入れていたんですが、これに反応したのかしないのか、オランダのアパート情報がいっぱい出てきてしまったり（笑）となかなか愉快なんですが、しばらく動静を見守ってみたいと思います。</p>
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		<title>メディア事業の難しさを改めて考える</title>
		<link>http://www.huis.gr.jp/archives/161</link>
		<comments>http://www.huis.gr.jp/archives/161#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 04 Apr 2005 16:10:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.huis.gr.jp/?p=161</guid>
		<description><![CDATA[　湯川さんのエントリー「参加型に対する疑問：信頼できる情報の発信という既存メディアの役割は今後も必要か？」を読ませて頂きました。個人的にもこのテーマはかなり前から気になっていたことであり、自身でレビューサイトを始めるきっかけになったことでもあるので（レビューサイトは、元々は既存のメディアに対するアンチテーゼとして始めたものだったので）、最近思うところをまとめておきたいと思います。 　ジャーナリズムの精神とそれによって実現されるものは今後も多くの人に必要であることは間違いないと思います。そもそもメディアは「第4の権力」と言われてきたように、既存の権力に対する監視機構として機能することが望まれていたし、現在でもそうした側面があると思っています。 　そうした背景の中、メディアは、会社の規模や一般読者への影響力（リーチ力）を背景に、可能な限り公正中立な第３者として現状のスタンスを維持出来てきた点があるのではないかと思っています。言い方は悪いですが、ジャーナリズムを一方で支えてきたものは「カネとリーチ」だったのではないかと思うわけです。 　でもメディアビジネスの収益力というのは、必ずしも「ジャーナリズムを堅持しているかどうか？」とは連動しないわけです。一部のテレビ局は、エンターテイメントという新しい切り口でそのリーチを上げて、栄華を誇った時期があったはずです（それが悪いということではなく、むしろ売れる商材をきっちり作った、という意味では経営的に意義のあることだと思っています）。 　極言すると、メディア企業が既存の経済システムの中で活動し、株主への利益還元を最高の目的とした経営を徹底するのであれば、別にジャーナリズムを意識した番組作りを行う必要はないでしょう。特に、メディアビジネスの価値が視聴率というものだけによって規定されるのであれば、尚更です。 　それでもメディアが「社会的責任」を果たすためにジャーナリズムを堅持し、報道という仕事を守ることが出来たのは、単純にリーチを巡った過度の競争が発生せず、収益基盤を他に奪われることが無かったからなのではないかと思っています。もちろん、報道という業務を掲げ、質の高いコンテンツを発信することで、今流行の言葉で言えばCSRの向上に貢献し、ブランド価値が上がる、という側面もあったと思います。 　しかしながら、今その基盤はインターネットという新しいメディアによって壊されようとしています。今までは限られたエンティティ（既存のメディア企業）からしか配信され得なかった情報が、ある産業や団体のインサイダーから、（偏向しているかどうかはわからないにしても）早く、詳細に伝えられてしまうことがあるわけです。その分析記事も、様々なエンティティから様々な視点で提供されてきます。今ではそうした人達に広告益が分配される仕組みも実現されています。 　つまり、メディアビジネス的な視点で現状を捉えると、ひとつひとつは小さいけれども、膨大な数のエンティティが、本来メディア企業が取っていたトラフィックと広告収益を奪っていると言える可能性があるわけです（ネットのケースに特化して言えばこれは正確な表現ではなく、おそらくメディア企業のトラフィックは減ってはいないものの、その他のトラフィックが増えたことにより、広告マーケット全体の規模があまり変わらない中、単価が下がることによる影響を受ける、ということの方が正しいかもしれません）。 　実際、既存媒体の広告収益はテレビを除いてここ数年下がり続けています。おそらく新聞や雑誌では、1媒体当たりの発行部数も下がりつつあるのではないかと推測します。 　これを先の話とつなげると、どこまで下がるかはわからないけれども、収益基盤の減退による影響を受けず、既存のジャーナリズムを実現する枠組みを堅持した報道のシステムを、現在のメディア企業が維持していけるのか？という疑問に突き当たります。 　十分な報道をしていくためには、当然に十分な資金、体制が必要です。信用ある報道を行うためには、情報ソースの確認もきめ細かく行う必要があるでしょうし、スクープを取るために記者を取材対象に張り付かせれば、その人の当面の生産性を犠牲にして、その人の給与を維持していかないといけないわけです。 　今までは大きな収益があったために、こうしたことが出来たかもしれません。しかしながら、収益が厳しくなる中、こうした体制を維持できるのかどうかは全く不透明でしょうし、一方で収益を上げることが必ずしもジャーナリズムを堅持することと連動しない、ということが問題を非常に難解にしているのではないでしょうか。 　信頼できる情報は多くの人にとって今後も必要なものであり続けると思いますが、それが現在の、既存のメディアが提供する形で継続し得るのかどうかは、前記のような意味で、私は今でもよくわかりません。 　ただ（私がエラそうに言えることでもないと思いますが）だからこそメディア事業に従事する人はメディアビジネスの構造をしっかりと理解しつつ、ジャーナリストはより真剣に、信頼できる情報発信のために今まで培われてきたノウハウを駆使して、コスト安に信頼できる情報を提供出来るシステムを考えるべきですし、一方でメディアの経営者がジャーナリズムに携わることを誇りに感じているのであれば、出来る限り現状の体制を維持できるような収益基盤の創造に努めるべきであると思う次第です。 　特に後者は経営者の力量云々、という問題ではあまり無く、むしろ今までに抱えてしまった負債に転じつつある資産を、新しい事業で迅速にカバー出来るのかどうか？というところですが、現状を見る限りインターネットの影響を大きく受けている新聞や雑誌という世界では、既存の資産が非常に大きいものだけに、非常に厳しい取り組みなのではないかと思います。 　私もそういう意味では、湯川さんが書かれている： どういった情報にニーズがあるのか。どういう仕事がプロでなければできないのか。ネット上の情報空間に慣れ親しむとともに、読者との対話を始めないかぎり、今後のジャーナリズムの姿を予測することも、それに対応することも不可能だと思う。 　という部分に大いに賛成です。こういう細かい努力にブレイクスルーがあるのではないかと思っています。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　湯川さんのエントリー「<a href="http://kusanone.exblog.jp/1813701">参加型に対する疑問：信頼できる情報の発信という既存メディアの役割は今後も必要か？</a>」を読ませて頂きました。個人的にもこのテーマはかなり前から気になっていたことであり、自身でレビューサイトを始めるきっかけになったことでもあるので（レビューサイトは、元々は既存のメディアに対するアンチテーゼとして始めたものだったので）、最近思うところをまとめておきたいと思います。<br />
<span id="more-161"></span><br />
　ジャーナリズムの精神とそれによって実現されるものは今後も多くの人に必要であることは間違いないと思います。そもそもメディアは「第4の権力」と言われてきたように、既存の権力に対する監視機構として機能することが望まれていたし、現在でもそうした側面があると思っています。</p>
<p>　そうした背景の中、メディアは、会社の規模や一般読者への影響力（リーチ力）を背景に、可能な限り公正中立な第３者として現状のスタンスを維持出来てきた点があるのではないかと思っています。言い方は悪いですが、ジャーナリズムを一方で支えてきたものは「カネとリーチ」だったのではないかと思うわけです。</p>
<p>　でもメディアビジネスの収益力というのは、必ずしも「ジャーナリズムを堅持しているかどうか？」とは連動しないわけです。一部のテレビ局は、エンターテイメントという新しい切り口でそのリーチを上げて、栄華を誇った時期があったはずです（それが悪いということではなく、むしろ売れる商材をきっちり作った、という意味では経営的に意義のあることだと思っています）。</p>
<p>　極言すると、メディア企業が既存の経済システムの中で活動し、株主への利益還元を最高の目的とした経営を徹底するのであれば、別にジャーナリズムを意識した番組作りを行う必要はないでしょう。特に、メディアビジネスの価値が視聴率というものだけによって規定されるのであれば、尚更です。</p>
<p>　それでもメディアが「社会的責任」を果たすためにジャーナリズムを堅持し、報道という仕事を守ることが出来たのは、単純にリーチを巡った過度の競争が発生せず、収益基盤を他に奪われることが無かったからなのではないかと思っています。もちろん、報道という業務を掲げ、質の高いコンテンツを発信することで、今流行の言葉で言えばCSRの向上に貢献し、ブランド価値が上がる、という側面もあったと思います。</p>
<p>　しかしながら、今その基盤はインターネットという新しいメディアによって壊されようとしています。今までは限られたエンティティ（既存のメディア企業）からしか配信され得なかった情報が、ある産業や団体のインサイダーから、（偏向しているかどうかはわからないにしても）早く、詳細に伝えられてしまうことがあるわけです。その分析記事も、様々なエンティティから様々な視点で提供されてきます。今ではそうした人達に広告益が分配される仕組みも実現されています。</p>
<p>　つまり、メディアビジネス的な視点で現状を捉えると、ひとつひとつは小さいけれども、膨大な数のエンティティが、本来メディア企業が取っていたトラフィックと広告収益を奪っていると言える可能性があるわけです（ネットのケースに特化して言えばこれは正確な表現ではなく、おそらくメディア企業のトラフィックは減ってはいないものの、その他のトラフィックが増えたことにより、広告マーケット全体の規模があまり変わらない中、単価が下がることによる影響を受ける、ということの方が正しいかもしれません）。</p>
<p>　実際、既存媒体の広告収益はテレビを除いてここ数年下がり続けています。おそらく新聞や雑誌では、1媒体当たりの発行部数も下がりつつあるのではないかと推測します。</p>
<p>　これを先の話とつなげると、どこまで下がるかはわからないけれども、収益基盤の減退による影響を受けず、既存のジャーナリズムを実現する枠組みを堅持した報道のシステムを、現在のメディア企業が維持していけるのか？という疑問に突き当たります。</p>
<p>　十分な報道をしていくためには、当然に十分な資金、体制が必要です。信用ある報道を行うためには、情報ソースの確認もきめ細かく行う必要があるでしょうし、スクープを取るために記者を取材対象に張り付かせれば、その人の当面の生産性を犠牲にして、その人の給与を維持していかないといけないわけです。</p>
<p>　今までは大きな収益があったために、こうしたことが出来たかもしれません。しかしながら、収益が厳しくなる中、こうした体制を維持できるのかどうかは全く不透明でしょうし、一方で収益を上げることが必ずしもジャーナリズムを堅持することと連動しない、ということが問題を非常に難解にしているのではないでしょうか。</p>
<p>　信頼できる情報は多くの人にとって今後も必要なものであり続けると思いますが、それが現在の、既存のメディアが提供する形で継続し得るのかどうかは、前記のような意味で、私は今でもよくわかりません。</p>
<p>　ただ（私がエラそうに言えることでもないと思いますが）だからこそメディア事業に従事する人はメディアビジネスの構造をしっかりと理解しつつ、ジャーナリストはより真剣に、信頼できる情報発信のために今まで培われてきたノウハウを駆使して、コスト安に信頼できる情報を提供出来るシステムを考えるべきですし、一方でメディアの経営者がジャーナリズムに携わることを誇りに感じているのであれば、出来る限り現状の体制を維持できるような収益基盤の創造に努めるべきであると思う次第です。</p>
<p>　特に後者は経営者の力量云々、という問題ではあまり無く、むしろ今までに抱えてしまった負債に転じつつある資産を、新しい事業で迅速にカバー出来るのかどうか？というところですが、現状を見る限りインターネットの影響を大きく受けている新聞や雑誌という世界では、既存の資産が非常に大きいものだけに、非常に厳しい取り組みなのではないかと思います。</p>
<p>　私もそういう意味では、湯川さんが書かれている：</p>
<blockquote><p>どういった情報にニーズがあるのか。どういう仕事がプロでなければできないのか。ネット上の情報空間に慣れ親しむとともに、読者との対話を始めないかぎり、今後のジャーナリズムの姿を予測することも、それに対応することも不可能だと思う。</p></blockquote>
<p>　という部分に大いに賛成です。こういう細かい努力にブレイクスルーがあるのではないかと思っています。</p>
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		<title>ふと思い出したコト</title>
		<link>http://www.huis.gr.jp/archives/127</link>
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		<pubDate>Thu, 25 Mar 2004 18:10:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>

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		<description><![CDATA[江島さんのBlogの新しいエントリー「シリコンバレーでの挑戦に向けて（ちょっとTrackBackするのも情けない内容なのであえてしませんが）」を読ませて頂いて、じーんと来るものがありましたが、江島さんの幼少期のお話を読ませて頂いて、私も当時「パピコン」と呼ばれたNEC不朽の名作（あれで家庭にパソコンが浸透していったんじゃないかぐらいいまだに思っていますが）、PC-6001を使い始めた頃のことを思い出しました。 そしてはたと思い出したのですが、私の逸話としてDOOMの話は橋本さんのBlogで取り上げて頂いたこともあってよくご存知の方も多いのですが、実はもうひとつ逸話があって、当時（小学校4年生でしたが）PC-6001にはまりつつも、ワープロなるものを使ってみたかった私は、たまたまワープロソフトの会社が実施していたソフトウェアパッケージのキャラクター名称募集に応募して、なんとそれが採用されてしまったということがありました。 そのソフトは、当時は東海クリエイト（現クレオ）という会社から出ていた、これまた有名なワープロソフト、&#8221;ユーカラJJ&#8221;というソフトでした（そしてコアラがモチーフとなったそのキャラクター名には「カララ」という名前を付けたのでした）。しかし悲しいことに、「なんとか動くに違いない」と勝手な思い込みで応募したそのソフトは、実は江島さんが持っていたと書かれていたPC-6001mkII用で、結局私は全然使えなかったというオチがあって、ちょっとイタイ感じだったりします。 今思えば自分でも変な小学生だったと思います。当時必ず学校でやらされる「将来の夢」という宿題に、「ソフトウェアハウスの社長」とか書いていましたが、周りはパイロットとか野球選手とか書いていたので、相当浮いていたような気がします。が、ちょっと方向性としてはズレているかもしれませんが、気が付けばIT系メディア企業の社長をやっていたりもする訳で、今思えばその頃コンピューターに触れたインパクトは相当なものだったのだと思います。まさしく人生を変えた1台、ということでしょう。 ところで旧東海クリエイト、現クレオさんはその後どうなっているのだろう？と気になって調べてみましたが、1990年にJASDAQに上場、2003年3月期の決算では連結で、売上高で100億円を超える企業になっていました。ユーカラシリーズの販売は83年からとのことだったので、隔世の感がありますネ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>江島さんのBlogの新しいエントリー「<a href="http://blog.japan.cnet.com/kenn/">シリコンバレーでの挑戦に向けて</a>（ちょっとTrackBackするのも情けない内容なのであえてしませんが）」を読ませて頂いて、じーんと来るものがありましたが、江島さんの幼少期のお話を読ませて頂いて、私も当時「パピコン」と呼ばれたNEC不朽の名作（あれで家庭にパソコンが浸透していったんじゃないかぐらいいまだに思っていますが）、PC-6001を使い始めた頃のことを思い出しました。</p>
<p>そしてはたと思い出したのですが、私の逸話としてDOOMの話は<a href="http://www.ringolab.com/note/daiya/">橋本さんのBlogで取り上げて頂いた</a>こともあってよくご存知の方も多いのですが、実はもうひとつ逸話があって、当時（小学校4年生でしたが）PC-6001にはまりつつも、ワープロなるものを使ってみたかった私は、たまたまワープロソフトの会社が実施していたソフトウェアパッケージのキャラクター名称募集に応募して、なんとそれが採用されてしまったということがありました。</p>
<p>そのソフトは、当時は東海クリエイト（現クレオ）という会社から出ていた、これまた有名なワープロソフト、&#8221;ユーカラJJ&#8221;というソフトでした（そしてコアラがモチーフとなったそのキャラクター名には「カララ」という名前を付けたのでした）。しかし悲しいことに、「なんとか動くに違いない」と勝手な思い込みで応募したそのソフトは、実は江島さんが持っていたと書かれていたPC-6001mkII用で、結局私は全然使えなかったというオチがあって、ちょっとイタイ感じだったりします。</p>
<p>今思えば自分でも変な小学生だったと思います。当時必ず学校でやらされる「将来の夢」という宿題に、「ソフトウェアハウスの社長」とか書いていましたが、周りはパイロットとか野球選手とか書いていたので、相当浮いていたような気がします。が、ちょっと方向性としてはズレているかもしれませんが、気が付けばIT系メディア企業の社長をやっていたりもする訳で、今思えばその頃コンピューターに触れたインパクトは相当なものだったのだと思います。まさしく人生を変えた1台、ということでしょう。</p>
<p>ところで旧東海クリエイト、<a href="http://www.creo.co.jp/index.shtml">現クレオ</a>さんはその後どうなっているのだろう？と気になって調べてみましたが、1990年にJASDAQに上場、2003年3月期の決算では連結で、売上高で100億円を超える企業になっていました。ユーカラシリーズの販売は83年からとのことだったので、隔世の感がありますネ。</p>
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		<title>PSX、その後（CEATECにて）</title>
		<link>http://www.huis.gr.jp/archives/116</link>
		<comments>http://www.huis.gr.jp/archives/116#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 09 Oct 2003 14:55:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>

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		<description><![CDATA[今日は CEATEC に行ってきました。久々の幕張は、行きはまだしも、帰りはずっしりと肩に食い込むカタログの山を抱えていたので、より遠い場所に感じたわな&#8230;。私もカンファレンスを取材してみました。記者という仕事はいつも大変だなぁ、と思う次第です。 しかしながらCEATEC、近年のイベント盛り下がりムードの中、それなりに賑やかな印象を受けました（日立製作所のブースではコンパニオンの人が飛んでいたし&#8230;また後日写真をアップしたいと思いますが）。 日立ブースの飛ぶ女性 PSXのイメージ PSXのビデオ編集画面 au の infobar SANYO の地上はデジタルテレビ視聴携帯電話 出展されていたものも当然エレクトロニクス関係の重いものも多かったのですが、一番メッセ奥の方の会場は一般向けプロダクトの展示が多く、それはそれで楽しめました（auのinfobarはデザイン的にかっこいい（これは氏家さん仰るところの「ガンダム世代ではない人のデザイン」に近いのではないかと）のと、SANYOの地上波デジタルテレビ視聴可能な携帯電話がちょっと欲しい感じでしょうか）。しかしそれにしても PDP や薄型液晶の嵐。来年は一気に値段が下がりそうな勢いですな。 さて、プレゼンテーション最大注目だった PSX ですが、ちょっと腰砕けでした。確かに製品はそれなりにカッコいいし、プレゼンもそれはソニーさんらしく上手いんですが、やはり製品の機能自体が今ひとつなのか（この辺は森さんのblog参照）、最後の方がしょぼ～んって感じでした。確かにHDDビデオレコーダーとゲーム機をくっつけて、それにちょっとビデオ編集機能なんぞ足してみました、というところなんですよね。 個人的にはそれでもゲーム機を中心としていろんなデジタルAVを統合していくぞ、という姿勢は実にイイ！と思っているので、ソニーさん是非今後も頑張ってくらはい。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日は CEATEC に行ってきました。久々の幕張は、行きはまだしも、帰りはずっしりと肩に食い込むカタログの山を抱えていたので、より遠い場所に感じたわな&#8230;。私もカンファレンスを取材してみました。記者という仕事はいつも大変だなぁ、と思う次第です。</p>
<p>しかしながらCEATEC、近年のイベント盛り下がりムードの中、それなりに賑やかな印象を受けました（日立製作所のブースではコンパニオンの人が飛んでいたし&#8230;また後日写真をアップしたいと思いますが）。</p>
<p><img alt="lady_flying.jpg" src="http://blog.neoteny.com/mitarai/archives/lady_flying.jpg" width="300" height="225" border="0" /><br />
日立ブースの飛ぶ女性</p>
<p><img alt="psx_image.jpg" src="http://blog.neoteny.com/mitarai/archives/psx_image.jpg" width="300" height="225" border="0" /><br />
PSXのイメージ</p>
<p><img alt="psx_edit.jpg" src="http://blog.neoteny.com/mitarai/archives/psx_edit.jpg" width="300" height="225" border="0" /><br />
PSXのビデオ編集画面</p>
<p><img alt="infobar.jpg" src="http://blog.neoteny.com/mitarai/archives/infobar.jpg" width="300" height="225" border="0" /><br />
au の <a href="http://www.au.kddi.com/seihin/kinobetsu/seihin/infobar/index.html">infobar</a></p>
<p><img alt="sanyo_digitaltv.jpg" src="http://blog.neoteny.com/mitarai/archives/sanyo_digitaltv.jpg" width="225" height="300" border="0" /><br />
<br />SANYO の地上はデジタルテレビ視聴携帯電話<br />
</p>
<p>出展されていたものも当然エレクトロニクス関係の重いものも多かったのですが、一番メッセ奥の方の会場は一般向けプロダクトの展示が多く、それはそれで楽しめました（auのinfobarはデザイン的にかっこいい（これは氏家さん仰るところの「ガンダム世代ではない人のデザイン」に近いのではないかと）のと、SANYOの地上波デジタルテレビ視聴可能な携帯電話がちょっと欲しい感じでしょうか）。しかしそれにしても PDP や薄型液晶の嵐。来年は一気に値段が下がりそうな勢いですな。</p>
<p>さて、プレゼンテーション最大注目だった PSX ですが、ちょっと腰砕けでした。確かに製品はそれなりにカッコいいし、プレゼンもそれはソニーさんらしく上手いんですが、やはり製品の機能自体が今ひとつなのか（この辺は森さんのblog参照）、最後の方がしょぼ～んって感じでした。確かにHDDビデオレコーダーとゲーム機をくっつけて、それにちょっとビデオ編集機能なんぞ足してみました、というところなんですよね。</p>
<p>個人的にはそれでもゲーム機を中心としていろんなデジタルAVを統合していくぞ、という姿勢は実にイイ！と思っているので、ソニーさん是非今後も頑張ってくらはい。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>今年も9.11はやって来る</title>
		<link>http://www.huis.gr.jp/archives/111</link>
		<comments>http://www.huis.gr.jp/archives/111#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 10 Sep 2003 17:41:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>

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		<description><![CDATA[前のエントリーをポストして気付きましたが、今年も 9.11 はやってきました。至って平静を保つことがテロとの戦いの上では最も効果的だと言わんばかりに日本は平和そのものですが、いざ経済指標を見てみると、テロを懸念して動きが静かになったり、あるいはドル買いからユーロ買いに走るなど、様々な動きがあるようです。 毎年この日が来るたびに、国際金融商品の売買に関わる人達は事件のことを否が応にも思い出さざるを得ないとは、全く皮肉なものだと。「パイナップル・アーミー」という漫画に昔「テロはテロの原因をなくさない限りなくならない」という非常に根本的かつ当たり前だけれども、現実にはなかなか実現できない一文がありましたが、様々な形で富の偏在が国際的に起こっており、なおかつその傾向がより一部に集中するという形で進んでいる状況を見ると、一体どこに出口があるものか？と思う今日この頃です（牧歌的に悩んでいるようにしか読めないかもしれませんが&#8230;）。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>前のエントリーをポストして気付きましたが、今年も 9.11 はやってきました。至って平静を保つことがテロとの戦いの上では最も効果的だと言わんばかりに日本は平和そのものですが、いざ経済指標を見てみると、テロを懸念して動きが静かになったり、あるいはドル買いからユーロ買いに走るなど、様々な動きがあるようです。</p>
<p>毎年この日が来るたびに、国際金融商品の売買に関わる人達は事件のことを否が応にも思い出さざるを得ないとは、全く皮肉なものだと。「パイナップル・アーミー」という漫画に昔「テロはテロの原因をなくさない限りなくならない」という非常に根本的かつ当たり前だけれども、現実にはなかなか実現できない一文がありましたが、様々な形で富の偏在が国際的に起こっており、なおかつその傾向がより一部に集中するという形で進んでいる状況を見ると、一体どこに出口があるものか？と思う今日この頃です（牧歌的に悩んでいるようにしか読めないかもしれませんが&#8230;）。</p>
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		<title>代表日本に来たる！</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Sep 2003 16:29:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>mitarai</dc:creator>
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		<description><![CDATA[おととい次の訪問地・韓国へと飛び立って行きましたが、9/1から3日間、本社代表がJIAA（インターネット広告推進協議会）での講演と、新しく出来た日本オフィスを視察するために来日していました。今回は身長2メートル超、体重100kg超の巨漢で頼りになるインターナショナルの代表も同伴です。 2人ともとにかく世界を股にかけて忙しい人達なので（聞くと1年に1週間、自分の住んでいる地域に戻って家族に会えることが一番の喜びということで&#8230;）、出来る限り日本の状況を理解してもらえるよう、関係各位にもいろいろとムリをお願いさせて頂きつつ、ハードなミーティングスケジュールを組み、私と発行人も同伴して様々な意見交換をさせて頂きました。皆さまありがとうございました（この場をお借りしてお礼をば）。 JIAAの講演では、やはり Google や Overture が提供するサーチワードサービスに関して大きな変化があったこと、また質問でもこの辺のことにやはり触れるものがあったことが印象的でした。弊社代表によると、近年 Listing については FCC からも検索結果と峻別せよ、とのお達しがあったそうです。既存の枠に縛られない商品の登場がインターネット広告業界にも波紋を起こしている訳ですが、この整理にはもうしばらく時間がかかるのではないかと思います。 その他もいろいろありましたが、貴重な社内でのミーティング時間も少しは持つことが出来、ここでもなかなか書きにくいけれども面白い話をいろいろと聞くことが出来ました。アバターの話など、周辺の話もいろいろとしていましたが、やはり創業時の話が一番印象に残ったかと。華やかな一面の一方で、どこでも立ち上げは地道な苦労の伴うもの（でも、これも後になってみると面白い話ですが）であることをしみじみと実感していました。 時々でジョークを飛ばしつつも、酒も煙草もやらず、コストに厳しく、意義のあるお金の使い道をよくわかっており、社員にも細かい気遣いをする、経営に真面目な人、というのが弊社代表に感じた私の印象でした。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>おととい次の訪問地・韓国へと飛び立って行きましたが、9/1から3日間、本社代表がJIAA（インターネット広告推進協議会）での講演と、新しく出来た日本オフィスを視察するために来日していました。今回は身長2メートル超、体重100kg超の巨漢で頼りになるインターナショナルの代表も同伴です。</p>
<p>2人ともとにかく世界を股にかけて忙しい人達なので（聞くと1年に1週間、自分の住んでいる地域に戻って家族に会えることが一番の喜びということで&#8230;）、出来る限り日本の状況を理解してもらえるよう、関係各位にもいろいろとムリをお願いさせて頂きつつ、ハードなミーティングスケジュールを組み、私と発行人も同伴して様々な意見交換をさせて頂きました。皆さまありがとうございました（この場をお借りしてお礼をば）。</p>
<p>JIAAの講演では、やはり Google や Overture が提供するサーチワードサービスに関して大きな変化があったこと、また質問でもこの辺のことにやはり触れるものがあったことが印象的でした。弊社代表によると、近年 Listing については FCC からも検索結果と峻別せよ、とのお達しがあったそうです。既存の枠に縛られない商品の登場がインターネット広告業界にも波紋を起こしている訳ですが、この整理にはもうしばらく時間がかかるのではないかと思います。</p>
<p>その他もいろいろありましたが、貴重な社内でのミーティング時間も少しは持つことが出来、ここでもなかなか書きにくいけれども面白い話をいろいろと聞くことが出来ました。アバターの話など、周辺の話もいろいろとしていましたが、やはり創業時の話が一番印象に残ったかと。華やかな一面の一方で、どこでも立ち上げは地道な苦労の伴うもの（でも、これも後になってみると面白い話ですが）であることをしみじみと実感していました。</p>
<p>時々でジョークを飛ばしつつも、酒も煙草もやらず、コストに厳しく、意義のあるお金の使い道をよくわかっており、社員にも細かい気遣いをする、経営に真面目な人、というのが弊社代表に感じた私の印象でした。</p>
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