ガリレオ赤木順彦氏急逝を聞いて

昨日もいつもと同じようにブログの巡回をしていたら、maskinさんのブログのタイトルで表題のことを知り、非常に驚いていました。赤木さんの長いインターネット業界歴から見れば、私は非常に付き合いの浅い方ではあると思うのですが、CNETの日本法人立ち上げからしばしばお付き合いのあった身として、心からお悔やみを申し上げたく、また少しでも赤木さんのことをブログで触れさせて頂くことでその業績を片鱗だけでも書き留めておければと思っています。

赤木さんは、様々なテクノロジー系ネットメディアの翻訳を支えられていらっしゃった会社の代表として、またインターネットの可能性をワーキングスタイルにまで追求されていた方として、その功績は非常に大きいものでした。

あまり読者の方はご存じないケースが多いのではないかと思いますが、Hotwired(今はWiredVision)やIntenet.com、そして私が引き継がせて頂く前まではCNETも翻訳をお願いされていたと聞いています。maskinさんのブログにもありますが、長野の上田駅のそば、長野の山々が綺麗に見える空気のきれいなところにオフィスを構えて、当時は上田と東京の間を行ったり来たりされながら仕事をされていました。

そもそもの赤木さんとのお付き合いのはじめはCNET Japanの翻訳業務の引き継ぎでご相談、というところからでした。結局会社内部で当時の編集長だった山岸さんといろいろと話した結果、内部的に体制を構築することになって、ガリレオさんには新CNETでのお仕事をお断りすることになったのですが、それでもガリレオさんの、フリーランスの翻訳者の方々にインターネットを活用して翻訳を依頼、納品管理していく仕組みは非常によく出来ていたことを覚えています。

学生時代に私は地方の高度情報化プロジェクトに関わらせて頂いていたことがありました。プロジェクトでは、地元に仕事が無いために、地元を離れて東京や大阪に出ざるを得ない学生の話をいろいろと聞いて、ネットを使って仕事が普通に出来る仕組みができれば、という課題を解決するための具体策をいろいろと考えていたのですが、ガリレオさんは実際にそうした仕組みを早くから作られていたので、いろいろと学ばせて頂きたくて、上田の方にもお邪魔させて頂いていました

CNET退職時に一度ご挨拶にお伺いした後、次に赤木さんにお会いしたのはガリレオさんが東京にまたオフィスを開設される時でした。私も今の会社を新たに立ち上げてまだ間もない頃でしたが、当時はhotwiredの次のプランのためにいろいろと汗をかいていらっしゃいました。当時お会いした際に少し体を悪くされていたことをちらっとお伺いしていましたが、それを感じさせない程に精力的に動かれていたのを覚えています。

その後はお会いする機会もなく、HotwiredもWiredVisionとして立ち上がり、赤木さんの活動も実りがあったんだなあと勝手に思っていたのですが、そこに今回のお話を知った、という次第です。

日本のWeb業界も思えば10年を超えて、当時の想像を超えた成長を遂げているところですが、10年前に話していたようなビジョンに理解が得られるようになったのはこのWeb2.0ブームが巻き起こった最近の話で、まだまだ当時話されていたインターネットの理想で実現されておらず、一方で普及による別の問題が立ちあがってきて、これから解決していかないといけない現実的な課題がたくさん出てきているところではないかと思っています。

そういった中で、業界で古くから理想を掲げつつ、実績を積み上げて来られた方がこの時期に亡くなられるのは非常に残念としか言いようがありません。まだこの業界でやっていくものとしては、赤木さんの業績を思い起こしながら故人を偲びつつ、その努力をさらに先へとつないでいけるように頑張っていきたいと思っています。

2 Responses

  • ようやく彼を失った事実を受け容れられるようになってきた今日この頃です。彼の作った金字塔を後世に伝えていかなきゃいかんと、いま思っています

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